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法道(ほうどう)

1086年~1147年。中国・北宋の僧。永道[えいどう]のこと。1119年、徽宗[きそう]皇帝が仏教を弾圧した際、上書してこれを諫めたが、かえって帝の怒りを買い、顔に焼き印を押され、道州(湖南省)に流されたという(なお、徽宗の仏教弾圧は翌年撤回された)。その後、赦免され、護法の功績により「法道」の名を与えられた。
また、「法道三蔵」とも呼ばれる。「三蔵」は三蔵法師の略で、一般には三蔵(経・律・論)に通じた僧侶のことで、訳経僧の称号であるが、宋代では元豊3年(1080年)に試鴻臚卿少卿を「三蔵法師」と改称しており(『釈氏稽古略』巻4)、ここでは後者の意。法道(永道)は、「宝覚大師」という大師号を与えられており、これが試鴻臚卿に対応する(『雲臥紀譚』巻2)ので、「三蔵」と称されたらしい。
法道が「火印」(230,357㌻など)を押された話は、仏法を広めて迫害を受けた例として諸御抄で紹介されている。「火印」は、刑罰として顔などに焼き印を押し、罪人であることを知らしめること。ただし、『仏祖統紀』(1269年成立)巻47によると、法道は「黥涅(入れ墨)」を入れられたことになっており、焼き印ではない。