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一心欲見仏・不自惜身命(いっしんよっけんぶつふじしゃくしんみょう)

一心欲見仏は「いっしんよくけんぶつ」とも読む。法華経如来寿量品第16の自我偈にある文。「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」と読み下す(法華経490㌻)。一途に仏にお会いしたいと願って、身命を惜しまず仏道修行に励むとの意。この実践姿勢の人には、業の力で隔てられて見ることができなかった、霊鷲山常住する久遠釈尊を目の当たりにすることができると説かれている。また日蓮大聖人「義浄房御書」(892㌻)で「一心欲見仏」を転じて読み下し、一心に仏を見ようとする心を一つにして仏を見ればその心そのものが仏であると教えられている。この仰せは、具体的には、霊山常住久遠釈尊会座を借りて大聖人が御自身の仏の境涯を現された曼荼羅御本尊を、一心に拝して不惜身命の実践をする時、修行者自身もまた仏であるということを意味すると拝される。