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一切明王仏の末法(いっさいみょうおうぶつのまっぽう)

「報恩抄」(311㌻)にある語。内容から「師子音王仏[ししおんのうぶつ]の末法」のことと思われる。「諫暁八幡抄」には「大荘厳仏の末の四比丘が六百万億那由佗の人を皆無間地獄に堕せると、師子音王仏の末の勝意比丘が無量無辺の持戒の比丘比丘尼・うばそく(優婆塞)・うばい(優婆夷)を皆阿鼻大城に導きし」(587㌻)とあり、「神国王御書」にも「彼の大荘厳仏末法の四比丘並に六百八十万億那由佗の諸人が普事比丘一人をあだみしにも超へ・師子音王仏の末の勝意比丘・無量の弟子等が喜根比丘をせめしにも勝れり」(1524㌻)と記されている。師子音王仏とは、詳しくは師子吼鼓音王仏[ししくくおんのうぶつ]という。諸法無行経によれば、師子吼鼓音王仏の亡くなった後、正法を説く喜根比丘[きこんびく]を謗った勝意比丘[しょういびく]は大地が裂けて地獄に堕ち、謗法の罪によって極めて長い間、苦しみを受けたという。勝意比丘が弟子とともに喜根比丘を責めたという話は、安然の『教時問答』にある。