衆生の住む場所。仏・菩薩などが衆生を教化する領域。仏教の経典で描かれる種々の国土は、そこに住む衆生の果報であり、依報とされる。仏・菩薩・声聞などの国土は、内面に覚知し証得している境地と対応している。仏の国土は、仏が菩薩の時に立てた衆生救済の大願と積み重ねた修行に相応して建立されるものとされている。
これに対して法華経では、見宝塔品第11で三変土田が説かれ、娑婆世界を中心に多くの国土が浄化・統一され、聴衆の境地を高めて優れた法を説く環境が整えられていく。さらに如来寿量品第16で、久遠実成という釈尊の本地が示されるとともに、久遠の仏が娑婆世界に常住すること、すなわち娑婆世界が本国土であるという裟婆即寂光が説かれる。同品の自我偈では、衆生は業力(業の報いの力)によって裟婆世界が本有の寂光土であると見ることが妨げられ、種々の国土と見ていることを示し、ただし「一心欲見仏|不自惜身命」(法華経490㌻)の信心・修行の者は、その真実の姿を感見できると説かれている。
すなわち、諸経では衆生の国土に実体的な環境の違いがあると説くのに対して、法華経本門では本来、常寂光土の一土であるが、それが衆生の一念に応じて種々の違いとなって実感されることを明かしている。▷四土/国土世間